8月19日、中国IT大手バイトダンス傘下のクラウド・AIサービス基盤「火山引擎(Volcano Engine)」は、テスラ中国の車載システムに大規模言語モデル「豆包(Doubao)」が導入されたことを明らかにしました。これに先立ち、テスラ中国は7月31日から車載ソフトウェア「2026.14.13」のアップデートを順次配信しており、Model 3、Model Y、Model S、Model Xなどが対象となっています。今回のアップデートでは、豆包の導入が主要な新機能の一つとなっています。
テスラが中国市場に参入してから10年以上が経過していますが、車載システムに第三者の大規模言語モデルを採用するのは今回が初めてです。米国市場では、イーロン・マスク氏傘下のxAIが開発した「Grok」を採用していますが、中国では現地の大規模言語モデルを選択しました。その背景には、中国語による音声対話の使い勝手や市場競争といった要因に加え、中国国内で販売する車両について、中国政府のデータ規制に適合する必要があることが最大の理由として挙げられます。
中国の現行の生成AI規制では、中国国内の一般ユーザー向けに生成AIサービスを提供する場合、「生成AIサービス管理暫定弁法」などの関連規定を順守するとともに、サービスの内容に応じて所定の届出や登録手続きを行う必要があります。
また、スマートカーにおけるデータ処理については、「自動車データ安全管理若干規定(試行)」などの規制も適用されます。同規定では、車両の移動履歴、音声、映像、画像などを機微な個人情報として位置付け、個人情報や重要データの収集、処理、国外提供について一定の要件を定めています。なかでも重要データについては、原則として中国国内で保存することが求められ、業務上の必要から国外に提供する場合には、法令に基づく所定の手続きを経る必要があります。
一方、テスラは現時点でGrokのサーバーを中国国内に設置する計画を示していません。また、中国国内で収集したデータを米国に送信するための越境データ移転についても、当局の承認を得ることは極めて難しいとみられます。
このため、ユーザーの音声や車両の利用状況、それに関連する情報を継続的に処理する必要がある車載大規模言語モデルについて、テスラとしては、中国国内ですでに所定の手続きを終え、現地のインフラを利用してサービスを提供できるモデルを採用する必要があります。
公開情報によると、テスラ中国の車載音声システムでは、豆包と「DeepSeek Chat」を組み合わせて利用しており、いずれも火山引擎を通じて接続されています。
このうち豆包は、ナビゲーションの設定、メディア再生、空調調整、オーナーズマニュアルの検索など、車載システムに対する音声指示や関連情報サービスを主に担います。リアルタイム情報の提供や自然な会話にも対応します。一方、DeepSeekは主としてAIとの対話や自由度の高い会話に利用されています。
システム上の役割分担を見ると、大規模言語モデルは主に自然言語の理解と対話機能を担当し、実際の車両制御や走行安全に関わる操作については、引き続きテスラ独自の車載システムが処理します。これにより、自然言語による対話機能を拡充しつつ、従来の車両制御システムの実行体系を維持する構成となっています。
現在の中国市場では、BYDや小鵬汽車(XPeng)、ファーウェイの「HarmonySpace」を搭載する車種などを含め、大規模言語モデルやAIアシスタントをスマートコックピットの重要な機能として採用する車種が増えています。メルセデス・ベンツやBMWなどの海外自動車メーカーも、中国のAI企業との間でスマートコックピット分野の協業を相次いで進めています。
こうしたなか、テスラが火山引擎を通じて豆包とDeepSeekを採用したことは、これまで同社が重視してきた「世界共通のAIソリューション」という方針から一歩踏み出す動きといえます。ただし、これはテスラが中核技術を自社開発するという基本方針を転換したことを意味するものではありません。あくまでスマートコックピットという特定の分野において、中国市場に対応した現地企業との協業モデルを採用したものとみられます。
