10月、中国の自動車情報サイト「懂車帝」が、華為(ファーウェイ)と江淮汽車(JAC)が共同開発した高級車「尊界(MAEXTRO)V800」の緊急ブレーキテストを実施したところ、テスト車両3台すべてでブレーキペダルの支持ブラケットが破断し、大きな波紋を呼びました。これに対し、尊界は車両が関連技術基準を満たしていると強調し、今回のテストを「標準的ではない極端な試験条件」と位置付けたうえで、関連部品の無償交換を発表しましたが、正式なリコールには踏み切りませんでした。
一方、懂車帝が公開した検証動画は、複数のプラットフォームで相次いで削除されました。テスト結果の捏造を認定する公的な調査結果が示されていないなか、なぜ動画が削除されたのかという問題が、製品の品質問題以上に議論を呼んでいます。
3台すべてでブレーキペダルの支持部品が破断、尊界は無償交換で対応
10月8日、懂車帝は新車の尊界V800、3台を使用したブレーキテストの動画を公開しました。閉鎖された試験場で時速100kmから停止する緊急ブレーキを繰り返したところ、3台とも2~4回目の急制動時にブレーキペダルの支持ブラケットが破断しました。破断した箇所や形状には高い共通性が見られました。
同日夜、尊界は声明を発表し、ブレーキシステムは中国の国家基準や業界基準を上回る要求に基づいて開発・検証されており、初期納車以降、実際のユーザーの使用環境では同様の不具合は発生していないと説明しました。
また、懂車帝のテストについて「標準的ではない極端な試験条件」と指摘する一方、部品設計をさらに改良し、納車済みのユーザーには無償アップグレードを提供すると表明しました。
10月9日、尊界のカスタマーサービス担当者はメディアの取材に対し、今回の無償アップグレードはリコールではなく、部品を交換するかどうかはユーザー自身が判断できると明言しました。当時発表された計画では、10月末までに改良方案を確定し、11月から順次交換を実施する予定で、未出荷車両には改良後の部品を採用するとしていました。
しかし、こうした対応には疑問が残ります。従来の設計が関連基準を満たし、あるいは基準を上回っているのであれば、なぜ新車の部品を交換する必要があるのでしょうか。異なるロットのテスト車両3台すべてで同じ破断現象が発生したことは、設計上の共通した安全リスクが存在する可能性を示しているのではないでしょうか。
10月13日、尊界は第三者機関による試験結果を公表しました。提出したブレーキペダルは中国の自動車業界標準「QC/T 788-2018」に適合しており、縦方向の荷重を3,000Nまで引き上げた厳しい条件での試験でも、亀裂や損傷は発生しなかったと説明しました。
ただし、試験報告書を発行した中国汽車工程研究院の検査センターは、試験結果はメーカーが提出したサンプルのみに適用されるものであり、その後に量産される製品の性能まで保証するものではないとしています。
また、この試験と懂車帝が実施した連続緊急制動テストとの条件の違いについて、公開資料では十分な説明がなされていません。そのため、第三者機関の試験結果だけでは、3台のテスト車両でブラケットが破断した原因を説明することはできません。
走行安全性に直結するブレーキ関連部品について、メーカーが説明すべきなのは、製品が技術基準に適合しているかどうかだけではありません。破断が発生した具体的な原因、同様のリスクが存在する車両の範囲、そしてユーザーが安全確保のために必要な措置を講じるべきかどうかについても、明確に説明する必要があります。
テスト結果の捏造は確認されず、検証動画は相次いで削除
尊界が声明を発表したのとほぼ同じ時期に、懂車帝の検証動画がインターネット上から姿を消し始めました。
10月9日、複数のメディアが、中国の動画共有サイト「bilibili」で主要な検証動画が視聴できなくなっていることを確認しました。WeChatの動画サービス「視頻号」では、ユーザーからの通報とプラットフォーム側の審査を経て、規定違反と判断されたことが表示されました。また、微博(Weibo)でも関連動画が見つからなくなりました。
当時、抖音(中国版TikTok)では一部の動画が引き続き視聴可能でしたが、10月16日までに、懂車帝が抖音と微信視頻号に投稿した関連動画も削除されていたことを、「每日経済新聞」の記者が確認しています。
一方、テスト担当者が意図的にブレーキペダルを強く踏み込んだのではないかという疑惑に対し、懂車帝は以前、時速100kmから停止する緊急制動試験は自動車評価における基本的なテスト項目であり、意図的に部品を破損させるものではないと説明していました。
また、ネット上で拡散したペダル踏力「4,589N」の画像については、高速度カメラと測定機器の画面更新速度の違いによって生じた残像であり、実際の最大踏力は1,612Nだったと説明しています。
尊界側はテスト条件の妥当性に疑問を呈したものの、当初の声明で懂車帝がテスト結果を捏造したと明確に非難したわけではありません。また、3台の車両で発生した破断が、人為的な不正操作によるものであることを示す証拠も公表していません。
10月15日、中国工業情報化部、国家インターネット情報弁公室、国家市場監督管理総局は合同調査チームの設置を発表し、尊界V800のブレーキペダル支持ブラケットの破断問題について調査を開始しました。尊界も全面的に協力する姿勢を示しました。
11月6日時点で、3部門による最終的な調査結果は確認されておらず、関連動画が削除された具体的な理由についても、十分な説明はなされていません。
注目されるのは、中国の自動車メディア「網通社」が11月6日、尊界の公式微博アカウントでV800の販売促進活動が再開されたと報じたことです。販売促進活動が再開される一方、テストの信頼性、製品の安全性、動画削除の理由といった消費者の疑問については、依然として公的な説明が待たれる状況です。
テスト結果の捏造が確認されていないにもかかわらず、公共の安全に関わる検証動画が相次いで削除されたことは、メーカーの影響力とプラットフォームのコンテンツ審査のあり方について疑問を投げかけています。
現時点で、華為がプラットフォームに対して直接動画の削除を要求したと断定できる証拠はありません。しかし、結果として製品の安全性に関する検証情報の流通が制限されたことは事実です。
ユーザーから疑問の声、「破断したのはブレーキペダルなのに、なぜ動画が消えるのか」
今回の問題は、SNS上でも大きな議論を呼んでいます。
BBC中国語版によると、ある微博ユーザーは「壊れたものは壊れた。撮影しなければ、壊れた事実もなくなるというのか」と疑問を呈しました。このコメントは、製品の安全性という本質的な問題が、ネット上の論争によって覆い隠されることへの懸念を表しています。
また、「新京報」の取材を受けた尊界V800の購入予定者は、テスト結果を見て納車を断念したと語りました。手付金を失っても購入するつもりはないとし、テストの動機よりも、ブレーキペダルの支持ブラケットが実際に破断したこと自体が受け入れられないと説明しています。
微博のブロガー、王瑋晨氏も、尊界の声明はブレーキペダルが破断したというテスト結果を直接否定せず、問題を極端な試験条件に帰するとともに、リコールではなく無償交換で対応していると指摘しました。こうした対応に、メーカーが安全問題を真剣に受け止めているのかという疑問が生じています。
一方、懂車帝も商業的な自動車情報プラットフォームである以上、テスト方法の適切性やデータの信頼性について独立した検証を受けるべきだとの意見もあります。
特に、連続急制動の過程でブレーキペダルに異常な横方向の荷重が加わった可能性や、試験方法が実際の道路走行環境をどの程度反映しているかについては、専門的な調査が必要です。
しかし、テスト方法の妥当性に疑問を呈することと、テスト結果が捏造されたと証明することは、まったく別の問題です。検証結果が虚偽であることを示す公的な証拠がない段階で動画を削除しても、消費者が懸念する安全問題は解決しません。むしろ、情報公開の透明性に対する不信感を強める可能性があります。
「竹知了」騒動から尊界のブレーキ問題へ、華為の情報対応に再び疑問
華為の関連事業がインターネット上のコンテンツへの通報・削除をめぐって論争を招いたのは、今回が初めてではありません。
今年8月、中国の伝統的な玩具「竹知了(竹製のセミのおもちゃ)」が、思いがけずネット上で話題となりました。
この玩具を振った際に発生する音が、華為の過去の新製品発表会で使用された観客の驚嘆を表現する効果音に似ていることに一部のネットユーザーが気づき、両者を結び付けた風刺的な動画が制作されました。
しかし、その後、関連動画の一部が通報を受けてプラットフォームから削除され、企業がネット上の冗談や風刺をどこまで許容すべきかという議論に発展しました。
8月4日、華為の自動車関連ブランド「鴻蒙智行(HIMA)」の広報担当者は声明を発表しました。通報の対象は、悪意ある動画編集、幹部の音声の模倣、AIを利用した肖像の醜悪化、侮辱や名誉毀損などの権利侵害コンテンツであり、「竹知了」という玩具そのものではないと説明しました。
注目されるのは、鴻蒙智行が同日の声明で、関連するネット上の情報を5万6,000件以上確認し、そのうち171件についてプラットフォームに通報を行い、144件が削除されたことを明らかにした点です。
同社は、電子商取引プラットフォームに対して「竹知了」の販売停止や商品削除を要求したことはなく、一般的な玩具紹介動画まで一律に削除されたとの見方も否定しています。
企業が法に基づいて自社の信用や関係者の権利を守ること自体に問題はありません。しかし、真に権利を侵害する行為と、正当な批判や風刺をどのように区別するかについては、慎重な判断が求められます。
少なくとも「竹知了」騒動では、華為の関連事業が通報制度を通じてネット上の特定コンテンツの削除を求め、実際に多数の削除につながったことが確認されています。
今回の尊界V800の検証動画についても、華為が直接削除を働きかけたと断定することはできません。しかし、両事件は共通する問題を浮き彫りにしています。
巨大企業が強いブランド力、豊富な経営資源、そして世論への影響力を持つ場合、ネットプラットフォームは企業の利益と消費者の知る権利の間で、公正な立場を維持できるのでしょうか。
もし企業が自社に有利な情報の拡散を歓迎する一方、不利な情報については通報制度やプラットフォームの規則などを利用して流通を制限しようとするのであれば、正当な企業防衛がメディアによる監視や批判を抑え込む手段へと変質するおそれがあります。
上場を模索する懂車帝、自動車メディアの独立性は守られるのか
今回の問題が発生した背景には、懂車帝が資本市場での資金調達を検討しているとの報道もあります。
今年2月、中国メディアは、字節跳動(ByteDance)傘下の懂車帝が香港証券取引所への上場を検討しており、10億~15億ドルの資金調達を計画していると報じました。ただし、当時は初期段階の検討にとどまり、同社による正式な確認はありませんでした。
そのため、尊界V800のテストをめぐる論争が、懂車帝の今後の上場計画に影響するかどうかは、現時点では不明です。
しかし、仮に製品の安全上の問題を明らかにした自動車メディアが、大手自動車メーカーの商業的利益に抵触したという理由だけで、プラットフォームによる情報制限、取引先との関係悪化、さらには資金調達上のリスクに直面するのであれば、自動車業界全体の独立した製品評価に悪影響を及ぼしかねません。
もちろん、独立した製品評価には、正確なデータ、科学的な試験方法、透明性のある検証手続きが不可欠です。データの捏造や意図的な試験結果の操作が確認された場合には、相応の責任を負うべきです。
しかし、事実関係が明らかになっていない段階で、メーカーがテスト結果に不満を抱いていることを、そのままメディア側に過失があることと同一視すべきではありません。
今回の問題で警戒すべきなのは、尊界V800のブレーキペダル支持部品に潜在的な安全リスクが存在する可能性だけではありません。それ以上に懸念されるのは、メーカーが不利な情報に直面した際、問題を十分に公開し、独立した検証を受けるよりも、まずテスト方法の不適切さを強調し、ブランドイメージの維持を優先するかのような対応です。
華為は中国のテクノロジー産業において大きな影響力を持ち、幅広い消費者から支持を受けています。だからこそ、その自動車関連事業には、市場での地位にふさわしい透明性と責任ある対応が求められます。
大きな市場影響力を持つ企業が本当に向き合うべきなのは、なぜ不利な情報が生まれたのかという問題であり、その情報を発信した人を黙らせることではありません。
