中国でレスキューハンマーが爆売れ――シャオミSU7炎上が呼んだ「開かないドア」の恐怖

近ごろ、長らくグローブボックスの隅に放置されていた小さな道具――車載用レスキューハンマー(窓ガラスを割るためのハンマー)が、突如ネット上の話題をさらいました。
10月13日未明、成都でシャオミの最先端EV「SU7 Ultra」が制御を失い、反対車線へ転倒・炎上しました。ドアが開かず、現場の通行人が窓を割って救出を試みたものの失敗。最終的に消防隊が車体を切断するしかありませんでした。この映像がSNSを通じて瞬く間に拡散し、車載用緊急脱出装備への関心が一気に高まり、同時にレスキューハンマーの販売数も急増しました。
アリババの淘宝(タオバオ)や天猫(ティーモール)などのECプラットフォームによると、今週に入ってレスキューハンマーの売上は爆発的に伸びています。複数の自動車用品店では「10月13日以降、売上が先週の5倍以上に増えた」と報告。ある店舗では1日で約800件を販売し、約70倍の伸びを記録しました。売れ筋上位9商品の24時間販売数はいずれも100件を超え、トップ商品は1日で500件以上を販売。週販600件超の製品も続出し、市場全体の伸び率はおよそ3倍に達しています。
不安が生んだ「安全消費」の熱狂
このブームは偶然ではありません。近年、交通事故のたびに「ドアが開かない」「窓が割れない」という事例が繰り返され、とくに新エネルギー車では、衝突後に電子ロックや回路が故障して脱出経路が遮断されるケースが目立ちます。人々はバッテリーの安全性だけでなく、「ドアを開けられない」という新たなリスクにも不安を抱き始めました。
そうした悲劇の積み重ねにより、多くのドライバーが自らを事故現場に重ね合わせて考えるようになりました──「もし自分が中に閉じ込められたら?」。この生存への直感的な不安が、すぐに購買行動へとつながったのです。レスキューハンマーは「なくてもいい装飾品」ではなく、「命を救う現実的なツール」へと位置づけが変わりました。
現在、最も人気を集めているのは「垂直型の携帯式ハンマー」で、窓の四隅を垂直に叩くだけで破砕できる簡便さが評価されています。また、シートベルトカッター機能を備えた多機能型のがとくに売れており、累計では20万件を突破する製品もあります。価格帯は8元から110元(約170〜2300円)まで幅広く、コンパクトで信頼性の高いモデルほど支持を集めています。
技術進歩が生んだ「安全の盲点」
レスキューハンマーの爆発的な売れ行きは、現代の自動車安全設計が抱える課題を浮き彫りにしています。
今日の自動車は、高強度スチール構造やエアバッグ、衝突被害軽減ブレーキ、ADAS(先進運転支援システム)など、受動的安全性の向上に莫大な投資を行ってきました。しかし、衝突「後」に乗員がどのように迅速に脱出できるかという「自救」の観点は、十分に考慮されていません。
C-NCAPや「中保研」(注)の安全基準は主に衝突瞬間の保護性能を評価しますが、衝突後の自動ドア解錠や電源喪失時に窓を開けられるかといった項目は、いまだ義務化されていないのが現状です。そのため、「衝突時の安全は過剰、脱出設計は不足」という歪な構造が生まれています。
さらに、スマート化によって普及した隠しドアハンドルや電子ロック、ワンタッチウィンドウは、普段は便利で洗練された印象を与える一方で、電気系統が損傷した途端に「命取り」になりかねません。皮肉にも、昔ながらの機械式ドアロックや手動ウィンドウのほうが、極限状況では確実に機能する場合があります。
今回のレスキューハンマーの異例の売れ行きは、新エネルギー車業界全体への警鐘でもあります。近年、華やかな「テクノロジー感」を追い求めてきた自動車設計の数々は、結局のところ安全性を犠牲にして得た虚飾にすぎず、便利どころか危険を増大させている──その現実を、改めて突きつけたのです。
注:C-NCAPは、中国で販売される新車の安全性能を評価する「China-New Car Assessment Program(中国新車評価規程)」の略称です。中国自動車技術研究センター(CATARC)によって運営されており、消費者が安全な車を選べるように評価結果を公表しています。
中保研は、中国保険自動車技術研究院(C-IASI)の略称で、中国における自動車の安全性を評価する権威ある非営利機関です。