Li Auto走行中発火事件に見る開発競争の影──リスクを把握しながら対応を怠った「スピード至上主義」の罠

Li Auto(理想汽車)MEGAの走行中発火事件は、中国国内の電動車業界全体に衝撃を与え、改めて安全性への注意喚起となりました。一見地味な部品である「冷却液」が、今回の事故では思わぬ形で「引き金」となりました。
リコールの経緯と原因
11月1日、Li Autoは公式発表で、2024年モデルのMEGA約1万1400台をリコールすると発表しました。原因は、特定の条件下で冷却液の防腐性能が不十分であり、電池や前モーターコントローラーの冷却用アルミ板が腐食し液漏れを起こす可能性があるためです。最悪の場合、電池が短絡して熱暴走に至るリスクがあるとされています。
リコール対象車両には、冷却液、動力電池、前モーターコントローラーの三点を無償で交換することが決定されました。
多くの消費者にとって「冷却液」が発火に関係するとは想像しにくいですが、電気自動車では冷却液の防腐・絶縁性能が安全性の要であり、冷却液が電池パックに浸入すると、導電性の液体が電池の正負極を接続し、短絡や熱暴走を引き起こす可能性があります。
Li Autoの製品ライン責任者によると、この問題は2024年モデルMEGAに限られ、2025年以降のMEGAやLシリーズ、iシリーズには異なる冷却液が使用されています。
冷却液:見過ごされがちな安全リスク
中国の強制基準「自動車冷却液 第2部:電動車冷却液」によれば、冷却液は導電率や腐食性など厳格な試験を経る必要があります。中でも循環台架腐食試験は1064時間にわたり実施され、腐食物の質量誤差は10mg以内と定められています。
これほど厳しい基準にもかかわらず、防腐性能の不足が確認されたことは、開発段階や品質管理に何らかの抜けがあった可能性を示しています。
業界関係者は、中国では電気自動車用冷却液の開発期間はガソリン車に比べて短く、導電性や腐食性の制御はより複雑だと指摘しています。通常、自動車メーカーとサプライヤー間で1.5〜3年の検証期間を設け、極寒・高温など多様な走行条件下でテストを行います。もしLi Autoが冷却液の変更時に十分な実験検証や路上試験を行っていなければ、リスクは大きくなります。
開発スピードと圧縮された安全テスト
Li Auto MEGAは2023年6月に商標登録され、2024年3月には発売されました。開発から発売までのスピードは非常に速く、公式も「発表即納車、納車即量産」の方針を掲げていました。しかし、その背景にはテスト期間が圧縮されているという現実があります。
中国では競争が激化しており、各メーカーは新車開発のスピードを優先し、検証工程の一部を発売後に回すケースが増えています。問題が発生した場合には、OTA(オンラインアップデート)による修正やリコールで対応するという手法が一般化しています。
リコールの背景にある3つの事実
今回のリコールは単なる冷却液の問題にとどまらず、より深い管理上の課題を示しています。
まず、リコール対象は2024年2月18日〜12月27日に生産された車両に限定されており、特定ロットの部品調達に問題があったことを示唆しています。このロットで使用された冷却液は酸性が強く、十分な検証を経ないまま採用された可能性があります。
報道によれば、Li Auto MEGAの火災事故が起きる前から、一部の2024年式モデルの所有者に対し、Li Autoのアフターサービス部門から「絶縁体に不具合がある」との通知が届いていたといいます。中には無償でバッテリーパックを交換したユーザーもいたとのことです。つまり、Li Autoは事故以前から、このロットの車両に安全上のリスクがあることを把握していたはずです。
次に、Li Autoはこのロットの安全リスクを認識し、12月27日以降の生産モデルでは材料を変更しましたが、すでに販売された車両への対応は火災事故が起きるまで行われませんでした。
さらに、最近、安全に関わる代表的なリコール事例としては、Li Autoの「MEGA」以外に、シャオミ(Xiaomi)の「SU7」が挙げられます。いずれも重大な事故が発生し、大きな世論の圧力が生じた後に実施されたものですが、一部では「大事を小事に見せようとしている」との批判も上がっています。
シャオミのリコールは火災死亡事故発生後の「受動的リコール」とされ、リコール対象は2024年2月6日〜2025年8月30日に生産された車両です。これは、2024年3月29日に発生した「銅陵市での小米SU7爆発炎上事故」以降も、安全上の懸念がある標準版SU7が約5か月間にわたり通常販売され続けていたことを意味します。シャオミは公式WeChatアカウントで、この対応を「OTAリコール」と表現しましたが、この言い回しは「リコール」という言葉が本来持つ厳格な意味を曖昧にし、安全対策としての法的・社会的責任を軽視するものと受け止められました。
Li Autoも、「自主的なリコール」と強調して、MEGAのリコールを実施することで大きな騒動を沈静化させ、事態を収束させようとする姿勢が見えますが、事前に把握していたリスクに対し何ら手を打たなかったことは、事後対応での「火消し」を狙ったものと見られています。
これらの事実から、中国市場では消費者保護が十分に機能しておらず、自動車メーカーが過ちを犯しても、その代償が極めて小さい現実が浮き彫りになっています。
欧米市場では、シャオミSU7のような火災死亡事故や、Li Auto MEGAのような走行中発火事故が発生すれば、巨額の賠償金や集団訴訟に発展するのが一般的です。実際、テスラは米国で同様の問題により2億ドルの賠償を命じられました。しかし中国では、多くの場合、新車への交換で済ませれば被害者も沈黙します。自動車メーカーは、このような寛容な環境を逆手に取り、開発コストを抑え、テスト期間を短縮しているのです。
結語:開発の速さより、信頼の重さを問うとき
ここ数年、電気自動車を中心に中国自動車メーカーの躍進が続き、その新モデル投入のスピードには世界が驚かされています。「このスピードこそ、伝統的なグローバルメーカーが学ぶべきだ」と称賛する声も少なくありません。
しかし今回の事件は、開発の速さが必ずしも価値を生むわけではないことを改めて示しました。自動車は単なる工業製品ではなく、人の命を預かる移動手段です。その本質を見失えば、いかに華やかな成長も、一瞬で信頼を失う――Li Autoの事件は、そのことを痛烈に物語っています。