BYD、「Dチェーン」運用を段階的に停止へ──中国自動車業界の決済構造に変化の兆し

中国政府による監督強化のなか、中国の自動車産業ではサプライチェーンにおける決済方法に静かな変化が広がっています。新エネルギー車大手のBYDは、これまで自社で運用してきたサプライチェーン金融プラットフォーム「迪链(Dチェーン)」の利用を段階的に停止し、銀行振込や商業手形といった、より直接的で透明性の高い決済方式へ移行し始めました。この動きは、「OEMチェーン」と呼ばれる決済モデルが中国自動車業界全体で退場しつつあることを示唆しています。
BYDが象徴的な動きを見せ、内部決済を切り替えへ
経済誌「第一財経」が複数のサプライヤーの話をまとめたところによると、BYDは中小企業との取引において「Dチェーン」を使った決済をやめ、銀行振込や商業承兑汇票(商業手形)による支払いに切り替えています。ある取引先は次のように話しています。
「もうDチェーンは使っていません。契約も改訂されました。今回の変更は中小企業が対象で、大手サプライヤーはまだ従来方式ですが、今後は順次切り替わると聞いています。」
広東省の一部部品メーカーは、8月末に改訂後の契約に基づく初回の銀行振込(60日以内の支払い)を受け取ったといいます。従来の「Dチェーン」では入金まで3カ月以上かかることもあり、資金繰りのためにサプライヤーが割引費用を負担せざるを得ないケースもありました。
BYDのこうした動きは、2025年に施行された「中小企業への支払保証条例」への対応とみられています。同条例は、大企業に対し納品から60日以内に支払いを完了することを義務づけ、電子債権などの非現金手段を強制する行為を禁止しました。さらに、中国人民銀行や工業・情報化部なども相次いで通達を出し、主要企業に対しサプライヤーへの迅速な支払いを求めています。
こうした政策環境の変化を受け、BYDは2025年秋以降、取引先との個別交渉を通じて「Dチェーン」廃止を進め、1~2年以内の完全移行を目指しているとみられます。
背景にあるのは政策強化と資金リスクの高まり
もともと「OEMチェーン」は、企業間の債権をデジタル化して取引効率を高める仕組みとして導入されました。BYDが2016年に導入した「Dチェーン」も、企業の急成長期には資金繰りを改善し、生産拡大や技術開発の資金源として一定の役割を果たしました。
しかし、市場が成熟し競争が激化するなかで、その弊害が次第に顕在化しました。支払いまでの期間が長期化すれば、中小サプライヤーの資金が滞留し、運転資金の確保が難しくなります。場合によってはサプライヤーが割引融資で資金を調達せざるを得ず、そのコストを実質的に負担することになります。
業界関係者の間では、「サプライチェーン金融」という名目のもと、実際には自動車メーカーが上流企業の資金を“無利子で借りている”構図になっているとの批判もあります。また、こうした延長された支払い構造は、市場低迷期に一気に資金繰りを悪化させるリスクもはらんでいます。
BYDのような大手企業にとっても、現金決済への回帰は潜在的な流動性リスクを抑え、サプライチェーン全体の安定性を高める狙いがあるとみられます。
業界全体にも波及、複数メーカーが追随
新条例の施行後、業界は素早く反応しました。主要17社の自動車メーカーが「自動車業界における公正競争の維持に関する共同声明」に署名し、支払期間を60日以内に抑えることを約束しています。
BYD以外にも、GWM(長城汽車)の「長城鏈(GWMチェーン)」、東風汽車の「東信」、SAIC(上汽集団)の「安吉鏈(アンジチェーン)」、北汽福田の「福金通」など、各社独自のサプライチェーン金融システムが相次いで縮小または置き換えられつつあります。
もっとも、各社の進捗にはばらつきがあります。資金余力の乏しいメーカーでは、中小企業との取引のみ先行的に見直し、その他は従来通りのケースもあります。あるメーカー関係者は次のように語ります。
「何千ものサプライヤーと膨大な資金が関わるため、一度に切り替えるのは現実的ではありません。段階的に進めていくしかなく、最終的には60日支払いのルールを定着させることが目標です。」
サプライチェーンの「正常化」へ
「OEMチェーン」の退場は、一企業の判断にとどまらず、政策・資金・市場構造の変化が重なった結果です。規制強化によって、長年続いてきた「支払期間の圧縮」という慣行が見直され、業界の焦点は「規模拡大」から「サプライチェーンの健全性」へと移りつつあります。
一方で、サプライヤーの間には慎重な見方もあります。名目上は60日以内の支払いに改められても、商業手形の換金には時間がかかる場合もあり、「実質的な改善は限定的」との声もあります。
それでも、支払い慣行をめぐるこの変化は、中国の自動車業界に長く固定化していた力関係の見直しにつながる可能性があります。これまで資金を握る完成車メーカーが優位に立ち、サプライヤーがリスクを負う構図でしたが、今後はより公平で健全な取引環境へと一歩近づくことになりそうです。