シンガポール政府系ファンドGIC、米国でNIOを提訴──収益水増しと証券詐欺の疑い バッテリーBaaSモデルに再び疑問の目

 10月16日、複数のメディアが報じたところによると、シンガポールの政府系ファンドであるシンガポール政府投資公司(GIC)は、今年8月、米国ニューヨーク南部地区連邦裁判所において、中国の電気自動車メーカー蔚来汽車(NIO)およびCEOの李斌氏、前CFOの奉瑋氏を相手取り、関係取引を通じた収益の水増しおよび実質支配権の隠蔽による証券詐欺を理由に訴訟を起こしました。主権系ファンドが同様の理由で海外上場の中国企業を提訴するのはこれが初めてです。

訴訟の焦点:蔚能とBaaSモデルをめぐる会計処理の争点

 GICの訴えの核心は、NIOが2020年にCATL(寧徳時代)や国泰君安国際と共同で設立した武漢蔚能電池資産有限公司(以下、蔚能)にあります。

 蔚能は、NIOが展開する「Battery as a Service(BaaS、バッテリー・アズ・ア・サービス)」モデルの中核を担う企業であり、ユーザーはバッテリーを含まない車両を購入し、蔚能からバッテリーをレンタルする仕組みを採用しています。

 争点となっているのは、NIOがバッテリーを蔚能に販売する際、その売上を一括で計上している点です。

 GICは、この処理が米国会計基準ASC 606の「履行義務の進捗に応じて収益を認識すべき」とする原則に反していると主張しています。ユーザーが毎月レンタル料を支払う進行に合わせて段階的に収益を計上すべきであり、一括で認識するのは不当だとしています。

 財務データによると、NIOの2020年第4四半期の売上高は28.5億元から66.4億元へと急増し、前年同期比133%増となりました。GICは、この「異常な増収」は会計処理の変更によるものであり、適切な基準で認識していれば業績は大幅に低下し、株価も2021年初の最高値62ドルには到達しなかったはずだと主張しています。

 さらにGICは、蔚能は独立企業ではなく、NIOが実質的に支配する「ペーパーカンパニー」であると指摘しています。

    • 2021年の増資後、NIOの蔚能出資比率は19.84%と、支配が推定される20%をわずかに下回る構成になっている。
    • しかし、売掛金や保証などを通じてNIOが実質的に55%の経済的利益を握っている。
    • 蔚能の事業運営(バッテリー種類、数量、料金設定など)はすべてNIOの決定に依存している。

 このためGICは、NIOは蔚能を連結決算に含めるべきであり、一括売上認識は無効であると主張しています。もし裁判所がこの判断を採用した場合、NIOの過去の財務諸表は大幅な修正を迫られる可能性があります。

GICの投資損失と訴訟の動機

 訴状によると、GICは2020年8月から2022年7月にかけてNIOのADS(米預託株式)を累計5445万株購入しており、推定損失は5億〜20億ドルにのぼるとされています。NIOの株価は2021年のピークから約80%下落しています。

 10月16日時点で、訴訟報道を受けたNIOの香港株(9866.HK)は一時13%急落し、最終的に8.99%安の49.28香港ドルで取引を終えました。米国株のプレマーケットでも6%を超える下落となりました。

 業界関係者は、GICの今回の行動は単なる損失回収にとどまらず、主権ファンドとしてのリスクヘッジ戦略の一環であると分析しています。

 GICの過去20年間の実質年平均リターンは直近2年連続で4%を下回っており、2020年度以降で最低水準にあります。こうした背景が、より積極的な権利行使の動機となった可能性があります。

3年前の「グリズリー・リサーチ報告」から続く論争

 中国メディア「観察者網」が情報に詳しい関係者の話として伝えたところによると、今回の訴訟の発端は2022年6月に遡ります。

 米国の空売り調査機関グリズリー・リサーチ(Grizzly Research)が、NIOが蔚能を利用して最大7年分の収益を前倒し計上し、利益率を誇張していると指摘したことがきっかけでした。

 「観察者網」によると、グリズリー・リサーチの指摘に対し、NIOはこれを否定し、独立取締役会主導のもと国際法律事務所および会計事務所による内部調査を実施しました。同年8月、調査は「報告書の主張には事実的根拠がない」と結論づけ、不正会計の事実は確認されなかったと発表しています。

 その後、米国証券取引委員会(SEC)は蔚能取引の会計処理についてNIOに照会を行いましたが、NIOが説明を提出した後、追加の措置は取られていません。

 「観察者網」はまた、ドイツ銀行、モルガン・スタンレー、JPモルガン、大和キャピタルなども、グリズリー・リサーチの報告はBaaSモデルへの誤解に基づくものだと評価していると報じており、また、GICは今回の訴訟で再び同様の主張を掲げており、「NIOの現在の経営状況とは無関係で、グリズリー・リサーチの報告に基づく過去の論点の法的追及」に当たると指摘しています。

NIOの反応:「指摘は全くの根拠なし」

 NIOは現時点で訴訟の詳細について正式なコメントを出していませんが、これまでも繰り返し「会計処理は上場企業の基準に完全に準拠している」と強調してきました。

 同社は、バッテリーを蔚能に販売した時点で支配権が移転し履行義務が完了しているため、一括で収益を認識することは「合理的かつ適法」であると主張しています。

 また、関連取引については財務報告書上でもすべて開示済みだとしています。

裁判の進展と業界への波及

 米国の裁判所は現時点で本件を審理保留としており、先行して進行中の米国投資家によるNIO集団訴訟の結果を待つ構えです。

 この集団訴訟では、NIOが2018年のIPO時に江淮汽車への製造依存や自社工場計画の中止を隠していたと指摘され、すでに6年間係争が続いています。

 業界アナリストは、もしGICが勝訴した場合、中国企業を含む上場企業が関係会社取引の会計処理を見直すきっかけとなる可能性があると指摘しています。

 さらに、EVメーカー各社が模索するバッテリー交換やリース型の収益モデルにも、より厳格な規制が及ぶおそれがあります。

 NIOのBaaSモデルは、業界の財務透明性を試す「試金石」となるかもしれません。

83

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。