BYD、支払いサイト「60日ルール」に緊急表明──政策圧力で揺れる中国自動車業界、「サプライチェーンファイナンス」の終焉なるか

6月11日朝、BYDは公式発表を通じて、「国家および関連部門の、産業チェーン・サプライチェーンの安定を確保し、自動車産業の高品質な発展を促進するための一連の方針に従い、中小企業の健全な成長を支援する目的で、サプライヤーへの支払いサイト(支払期日)を60日以内に統一する」と発表しました。
BYDは、「実際の行動をもって中国自動車産業の高品質な発展を推進していきます。今後も技術革新と管理の最適化を通じて、サプライチェーン全体のパートナーとともに、自動車産業の持続可能な発展を図ります」と述べました。
BYDに先立つ6月10日には、FAW(一汽)、東風、GAC(広汽)など複数の自動車メーカーが突如として、サプライヤーへの支払いを60日以内に行う方針を公表しました。11日午前までに、FAW、東風、GAC、SERES(賽力斯)、Geely(吉利)、長安(AVATRを含む)などが60日以内の支払い方針を表明。BYDの11日の緊急声明は、世論の注目が集まる中での「追随」とも言えます。
なぜこれほど多くの自動車メーカーが突如として支払サイトの短縮に言及し始めたのでしょうか? それは決して「良心の発現」ではなく、中国政府が業界の問題に本格的にメスを入れ始めたからです。
FAWの発表によれば、「最近、工業情報化省(MIIT)や国務院国有資産監督管理委員会(国資委)などの国家機関が、自動車産業チェーンの安定と高品質な発展のために一連の施策を打ち出しています」。
さらに制度面では、2024年10月18日に国務院常務会議で修訂された「中小企業への代金支払保証条例(保障中小企業款項支付条例)」(以下「条例」)が、2025年6月1日より施行されました。
この条例は、中小企業への支払い遅延を防ぎ、その正当な権利を守ることで、ビジネス環境を改善することを目的に、「中華人民共和国中小企業促進法」などに基づいて制定されたものです。
改正後の条例第9条では、「大企業が中小企業から商品・工事・サービスを調達した場合、納品日から60日以内に代金を支払うべき」と明確に規定されています。
長年にわたり、中国の自動車業界では支払サイトの長期化が「暗黙の了解」として存在してきました。通称「36」や「66」と呼ばれる支払パターンでは、納品後3〜6カ月のサイトが当たり前で、その後さらに6カ月の約束手形が発行され、実際には半年から1年にわたり、サプライヤーが資金を回収できない状態が常態化していました。
一部の地場メーカーは、「60日支払い+180日サプライチェーンファイナンス」といった仕組みを採用しています。表向きは金融革新に見えますが、実態は商業手形の社内循環に過ぎず、企業経営が不安定になると、これらの手形は紙切れとなってしまいます。
最近サプライチェーンファイナンスの膨張で注目されているBYDに限らず、Chery(奇瑞)、長安、Geelyなども「90日〜120日+180日銀行手形」という方式を採用し、サプライヤーの資金を1年間拘束しています。
また、「寄託制(寄售制)」も広く使われており、完成車メーカーはサプライヤーに自社工場近辺に倉庫を建設させ、実際に製造ラインで部品を使用するまでは納品と認めず、支払期日の起算点もその時点からとします。
典型例としてはGeelyのケースが挙げられます。急な引取量変更によってサプライヤーの倉庫には大量の在庫が滞留し、そのコストはすべてサプライヤーが自己負担しています。生産開始から代金回収まで10カ月以上かかるのが通常です。
一部報道では、月1,000万元規模で納品するサプライヤーが、最大1億元の資金を拘束されているという実態も報じられています。自動車メーカーが注文制度を通じて支払条件を一方的に押し付け、サプライヤーは「我慢するか、撤退するか」の選択を迫られているのです。
過去には、地場ブランドの獵豹(リーヴァオ)、華晨(ファーチェン)、力帆(リーファン)などの倒産で、長期の未払いが多数のサプライヤーを巻き込み、破綻させたと指摘されています。
比較的、合弁系の外資メーカーは支払期日において規範的で、45〜60日が一般的でしたが、近年はGMをはじめ、承兌手形を使い始め、ボッシュのようなグローバルサプライヤーですら120日支払いに応じるようになっています。
新興EVメーカーは規模が小さく、交渉力が弱いため、支払条件はむしろ真面目に守る傾向があります。
統計によると、2022年の中国上場自動車企業の買掛金回転日数は平均156日でした。これに対し、ドイツや日本の自動車メーカーはおおむね60日以内に抑えられています。
今回の「条例」施行を受けて、多くの自動車メーカーが60日以内の支払いを守ると約束しています。
サプライヤーにとって、支払期日が60日に統一されれば、大きな利点となります。資金効率が改善されれば、リソースを「回収業務」から製品や技術の開発に振り向けることができます。
しかし、現実には法令一本で業界の体質が変わるほど甘くはありません。過去にも類似の施策が存在しましたが、違反企業への制裁が弱く、実効性に乏しかったためです。法律関係者によれば、大企業の契約違反に対する裁判所の執行率は30%未満であり、責任追及もほとんどされていないとのことです。
このため、多くのサプライヤーは依然として慎重な姿勢を保っており、「一度食らいついた肉を、自動車メーカーがそう簡単に吐き出すはずがない」との見方が支配的です。
業界関係者によれば、カギとなるのは、企業が本当に改革に乗り出すのか、それとも制度をすり抜ける新たな手口を編み出すのか、という点です。
たとえば「納品日」の定義をごまかす、「寄託制」をさらに巧妙に運用するなど、すでに確立された「抜け道」が温存されている可能性は十分にあります。根本的な問題が、単に形を変えるだけに終わるリスクも否定できません。
今回の変化は、あくまで市場の自発的な動きではなく、政策的圧力の下での一斉表明に過ぎません。
業界全体が健全なサプライチェーン・エコシステムを構築できるかどうかは、規制当局の「牙」が本当に機能するかにかかっています。